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2016年2月14日 礼拝 メッセージ要約

「クリスチャンの実際生活 ⑲」
聖書箇所 ヤコブ5章7節から12節

「耐え忍んだ人たちは幸いです」

ういうわけですから、兄弟たち。主が来られる時まで耐え忍びなさい。見なさい。農夫は、大地の貴重な実りを、秋の雨や春の雨が降るまで、耐え忍んで待っています。
あなたがたも
耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主の来られるのが近いからです。
兄弟たち。互いにつぶやき合ってはいけません。さばかれないためです。見なさい。さばきの主が、戸口のところに立っておられます。
苦難と
忍耐については、兄弟たち、主の御名によって語った預言者たちを模範にしなさい。
見なさい。
耐え忍んだ人たちは幸いであると、私たちは考えます。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いています。また、主が彼になさったことの結末を見たのです。主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられる方だということです。
私の兄弟たちよ。何よりもまず、誓わないようにしなさい。天をさしても地をさしても、そのほかの何をさしてもです。ただ、「はい。」を「はい。」、「いいえ。」を「いいえ。」としなさい。それは、あなたがたが、さばきに会わないためです

1節「聞きなさい。金持ちたち」 
神様を恐れない人たちへの警告です。
8節「あなたがたも耐え忍びなさい。」
忍耐、耐え忍びなさい。という言葉が5:7-11の短い箇所に6回出て来ます。
① 忍耐とはどういうものでしょうか。⇔ 短気、反発とは、相反します。
怒りに身を渡さないで、神様を信頼すると抑制が出来ます。

「その人は悪い知らせを恐れず主に信頼して、その心はゆるがない。」(詩編112の7)

忍耐とは、がまんではありません。文句を言わないこととは、違い、耐久力とも違います。
「我慢にも限界がある。」とよくいいますが、これは、人間の側の努力で、ここまでやったから限界だということの表現です。
しかし、ヤコブは、神様を信頼することの故に、あなたの心を抑制しなさい。
忍耐から練られた品性の学課を学びなさい。と言っています。
演技でもなく。復讐心でもない。
理由は、裁くのは神様だからです。私たちではありません。
 

「愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」
ローマ人への手紙 12;19

私たちは、自分の小さな頭で判断し、これが正しいと思い、裁いてしまうが違う場合があります。
「でも」、「とか」で理由をつけて弁解します。これは、世の中の人がやる事と同じです。
イエス様は、父なる神様にお委ねになられました。
その時に一歩下がって神様の裁きに委ねる。これを生活の中に認め、習慣づけることが大切です。

9節、「さばきの主が、戸口のところに立っておられます。」とは、もうすぐ主が来ることを意味します。
再臨は、悪しき人々を滅ぼします。だから忍耐をして主を待ち望みましょう。

「しかし、愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。
主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。」  ペテロⅡ3:8-9

福音伝道を急ぎましょう。
私たちの忍耐よりも神様の忍耐の方がはるかに大きいからです。
11節、「耐え忍んだ人たちは幸いである」忍耐することは、大きな祝福なのです。
7節 農夫は、ベストを尽くして農作物の環境を整え、神様を待ち望みます。
神様は、農夫として教会の成長を待っておられます。
10節 義の為に迫害され苦難と忍耐をした、預言者たちを模範にしなさい。
苦難と忍耐は、人間にとっては痛いものです。イエス様が苦難の道、そこを通りなさいと言われたら、通る事が出来ますか。
預言者エレミヤは、主を愛しどんな境遇にあっても、決して主のおっしゃることを変えませんでした。

ヨブの忍耐
ヨブは、全ての持ち物を亡くしました。財産、子ども、奥様からは、神様を呪いなさい。と言われ、友だちからは見捨てられるどころか、返って苦しめられました。
「主が彼になさったことの結末を見た」
そして、最後に神様の目的を見る。
このプロセスを通して、神様はヨブの品性を作り上げました。
神様は、問題を通して私たちの品性を作り上げ、練り鍛えられます。
今、あなたは、神様とサタン どちらに心を傾けていますか。

「私は裸で母の胎から出て来た。また、裸で私はかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」ヨブ記1:21

このことを掴み,地にひれ伏して、神様に礼拝しているヨブ。
私たちも裸で母の体から出ましたが、今の状況は、地上で色んな物や欲が体についていませんか。
秘訣
8節 心を強くする。(サタンはそれをさせないように妨害します。)
試練の中に埋没してしまわないで、神様の恵みを信じ受け入れた時、
ダビデは、神様によって奮い立ちました。

「私が呼んだその日に、あなたは私に答え、私のたましいに力を与えて強くされました。」
詩編138の3

テモテに「わが子よ。キリスト・イエスにある恵みによっ「て強くなりなさい。」テモテⅡ2-1

弱い時こそ私は強いという証しこそクリスチャンの霊の営みです。 
つぶやかない、いらいらしないそれは、自分が裁かれない為です。
たとえ正当でない扱いを受けたとしても、神様の裁きに委ねましょう。
神様は悪しき人々を裁きますが、クリスチャンも裁きます。
感情のままで注意をしてはいけません。怒ってはいけません。すずらん

11節 「主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられる方」
クリスチャンは、富が与えられ裕福になったと喜ぶのではなく、
神様をどれだけ体験出来たかが生涯の目標となるべきです。


これは、メッセージを聞いて信徒が書いたものです。メッセージそのままではありません。



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